6年にフェニックスサーキットが行われ、そこから’08年PERFECTまで1位という座を誰にも譲らなかった。ダーツ界のカリスマとも呼ばれた星野が’09年はランキング3位。本人がこの結果を受け止めるには時間がかかった。
だが’10年最終戦。この日の結果が星野の気持ちを一転した。
星野は諦めない男である。
「諦めませんね~。僕はしつこいですよ~(笑)」
1位の座を取り返すという気持ちが勝り、最後まで諦めないという思いを胸の中に秘めていた。
「最終戦までの残り3戦はほんまにドラマがあったと思います。」
第11戦京都大会ではベスト8で敗退。星野がランキングチャンピオンになる為にはいくつもの条件が課せられた。
「京都大会が終わった時点で、トップと65ポイントの差があったから残りの2戦を優勝しなければならない。なおかつその時点のトップ(江口)と2位(山田)が何位だと自分に可能性があるんだろう…っていうのを考えていくと、自分にはそれが達成できるのかという事が疑問やった」
自分に対しての疑問が強くなり、何度も自問自答していたが、それ以上に星野を支える人達が星野を信じていた。『星野だったら出来るよ』と。周りの人が星野を奮い立たせた。
プレッシャーに押し潰されそうな第12戦熊本大会では気持ちが入っていたんだろう。いつもと表情が違っていた。
「周りの人にはキレてるって言われました(笑)興奮状態ですね。過去何回かはその状態があるんですけど、その状態に入らないと、優勝できないと思っていたし、できるかどうかも分からない。熊本大会の時は自分の条件が優勝だけだったから、自分にプレッシャーを与えつつ、それこそ自分自身に『お前何やっとんのや』と喧嘩売ってました」
いつも以上のオーラを漂わせた星野は優勝という結果を残し、1つ目の条件をクリア。残る最終戦でも星野がクリアしなければいけない条件はいくつもあり、それを乗り越え、ドラマチックな結末を迎えた。
「ほんまにみんなが気持ちを分けてくれました。僕らが言葉ではなく、ダーツで伝えたい想いってのがあって、その代わりじゃないけど、僕らが逆に伝わってくるんですよ。その形が出たのかなって。変な話奇跡です。条件ありの優勝しかないと言う、確率の低い奇跡です。その奇跡は自分だけの力ではなく、周りの人が力をくれました。みんなに『感動をありがとう』って言われるんですけど、その前に僕が感動してるからね。みんなに返してるだけです」
最終戦 準決勝 ─ 江口との試合は本人もかなり意識していた。ここで自分が勝たないと自動的に江口にランキングを奪われる。プレッシャーとの戦いが表に出た瞬間だった。
「1レグ目の01でね、僕51残りと思ってたけど、実際の数字は41だったんですよ。19S→16Dという頭の中ではあったのに、16D入れた瞬間にバーストやったから『えっ?』って。そこから自分を立て直すのが大変でした。自分の不注意でこんな大事な局面でこんなことやってしまって…。その瞬間はパニックでした」
だが、星野の持ち前の諦めない気持ちが勝って立て直した。
「江口は僕よりも技術が上だからね。けど彼自身、あの時はそんなに打ててた方ではないと思うんです。もっと打ってる彼を知ってるから。僕自身も打ててない部分もあったけど、それでようひっくり返したなと。ミスしてくれたというのもあるけど、気持ちがちょっとだけ…ちょっとだけね、僕の方が勝っていたかなと思うんです」
確率の低い可能性から一筋の光がさした瞬間だった。星野は2つ目の条件をクリア。
決勝戦はこの1年間で確実に力を積み上げてきた小野恵太との対戦。
「この日1日ずっと戦ってきているから、疲労で体は動きにくくなっているんやけど、集中力は勝ち続けて上に行けば行くほど上がっているんです。恵太は凄く打ってきます。彼は今年優勝も準優勝もしてるから、この1年間で相当経験も積んできて、決して弱いわけじゃなくむしろ強い。そのプレイヤー相手にお互い意識して、精神的には負けるものかっていう気持ちがあったから局面局面でのビッグな打ち合いがありました」
現在は参加人数も増え続け、、ベスト16まで勝ち進むのも困難。その中で決勝まで勝ち進むと言う事は身体的にもきつい。その中で集中力を持続させないといけないというのは、究極な試練とも言えるだろう。
星野は奇跡的とも言える全ての条件をクリアし、王者の座を手にした。
ふっと一呼吸置き、星野は王者の座を手にするまでの苦悩を語った。
「僕は熊本大会が終わってから緊張して寝れなく、寝不足に陥りました。誰かのブログをたまたま見てポイント差が明らかになったんです。ポイントは気にしないようにしようと思っていたけど、ポイントの数字がポンと頭の中に入ってきた瞬間にガタガタと震えだしてきて。これって2人(江口・山田)が最低でも3位以下で僕が優勝という形じゃないとあかん。そこから僕自身が出来るのか出来ないのかというのがずっと怖くて。約1カ月は気が気じゃなかったですね。ほんまに今日の自分の試合が全部終わるまでは怖くて仕方なかったというのが正直です」
この話を聞いて私は咄嗟に
「よくぞやった!」
と口にしてしまった。星野はそれに対して
「いや、ほんとによくやったって言ってもらえてありがたいです。僕がトッププレイヤーと呼んでもらえるようになって、そこそこ歳を重ねてきたけど、誰よりも勝つことの難しさは知っていると思います。それと同時に何回負けても負ける事には慣れないですよ。自分が凄く悩みながら、必死になりながらやっているんだけど、頼りなく見えてしまって、らしくないねって言われてしまう時もあったし」
と、厳しくなったこの世界を肌で感じていた。そう、独走していた時から比べてここ2年の成績を見ると、結果的に星野光正の勢いというものが若干足りなく感じていた。
「それは本人が一番感じている事ですね。言われて当然、そうやなって思うし。けどもうちょっと待ってくれ、もうちょっとで自分自身を持ち直す事が出来んねん、って思っていました。今年は苦悩の1年でしたね。まぁ去年に比べて予選落ちだったり1回戦目に負けたって事が無かったから、逆転という形を狙うには良いポジションで1年を常に続けていたと思います」
悔しい涙をいくつも流していたこれまでとは裏腹に、歓喜の涙を流したこの日、星野の頬には涙の跡が残っていた。
星野が今まで精神的にも肉体的にも辛かった時に影で支えていた所属事務所のマネージャー、入江氏は寛大な心で星野を見守っていた。
「安定した所を目指して3位タイ・5位タイでも上出来やと声は掛けてきました。去年ランキング3位で精神的に落ち込んでいた時に、もちろん背中を押すような事は言いましたよ。けどここで終わってしまうのではなく、もう一度取り返そうと。以前は1人で走り続けていたから、1度落とした事で『返り咲いてこそ、真のチャンピオンだ』という事は言ってきました」
傍から見れば『もう無理なのかな』と思うような場面が幾度かあった。しかし星野は暗闇の中からほんの一瞬でも光が見える限り、決して心が折れる事はなかった。満身創痍になりながらも戦い続ける星野の姿勢に、プロの道を教えられた気がした。
2011.2月 発行 VOL9
■2010年度年間ランキング
チャンピオンINTERVIEW
星野光正 松本恵
■ランキングチャンピオンに挑むオトコ達
スペシャルインタビュー 江口祐司
「価値ある3位だった」 山田勇樹
■2011年の注目選手
■プロインタビュー
丹野大春・竹井可愛
■プロから教わる【ワンポイントLESSON】
■プロがいるSHOPLIST
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